裁判では「現場の従業員が熱中症予防を実践しているか」が重要視される

この対談に登場する専門家

魚住 泰宏

弁護士。平成5年大阪弁護士会登録。平成26年大阪弁護士会副会長。令和2・3年日本弁護士連合会研修委員会委員長。日本労働法学会会員。経営法曹会議幹事。

人事労災に関する法律相談・紛争代理、労働関係の執筆・講演など幅広く活動する。

この対談に登場する専門家

平山 直樹

弁護士。令和元年大阪弁護士会登録。

人事労災に関する法律相談・紛争代理に積極的に取り組む。

奥山:前回、使用者(企業)は「従業員に熱中症予防の重要性とその方法を周知することが重要」と伺いましたが、周知さえしていれば損害賠償責任等を負わずに済むのでしょうか。

魚住:いいえ。使用者が従業員に周知したとしても、従業員がきちんと使用者の指示どおりに対応しなければ、使用者が責任を負うことがあります。具体的なケースで説明しましょう。

平山:「造園業者が1日体験勤務として未経験者に草むしりや剪定した枝葉の運び出しを行ってもらったところ、体調不良を訴えた後に意識を失い、病院へ搬送されたものの死亡した。その結果、遺族から損害賠償を請求された。」という事例です。

奥山:作業によって熱中症を発症したと判断され、使用者に対する損害賠償が認められたのですね。

平山:はい。京都地方裁判所(京都地裁)が損害賠償を認めなかったのに対して、上級審である大阪高等裁判所(大阪高裁)は、使用者に対する損害賠償責任を認めました。

奥山:どうして二つの裁判所で判断に違いがあるのでしょうか。

平山:京都地裁は、使用者が未経験者である被災者の作業内容を他の従業員より軽いものにし、できるだけ日陰での作業を担当させるなど作業について配慮したほか、作業前にも被災者に対して水分や休憩の確保を言い聞かせ、休憩時間を長くする等していたことを重視し、使用者による熱中症対策に不十分な点があるとはいえないと判断しました。しかし、大阪高裁は、上司である従業員の対応に問題があることは使用者にも責任があるとして損害賠償を認めました。

奥山:上司の対応の問題点や、それがどのように使用者の責任に結び付くのかを教えてください。

平山:民法715条は、使用者は従業員が事業を行うなかで第三者に与えた損害について責任を負うと定めています。この事例では、上司が現場において被災者を指揮監督する立場にありながら、被災者からの体調不良の訴えを聞いて異変を認識したにもかかわらず、その後もしばらくの間、被災者の様子を確認せず、適切な場所で休養をさせることもなく1時間以上も高温環境の現場に放置したと認定したうえで、このような上司の行動からすれば、使用者が十分な労働安全教育をしていたとは認められないとして、安全配慮義務違反があるとされました

奥山:現場の従業員が適切な対応をしていなければ、企業の労働安全教育に問題ありと認定されるのですね。

魚住:この裁判例では、従業員の対応について、京都地裁と大阪高裁の判断に違いがあるため断定は出来ませんが「使用者の安全配慮義務違反を認めるうえで、従業員が不適切な対応をとったことを重視した」ことは間違いないかと思います。

平山:使用者が実際に現場を監督することは少ないと思うので、上司を含む従業員に対して周知するだけでなく、従業員がきちんと周知された内容を実践することが重要です。